【第9回】RPG IVの歴史(part.4)それは生きている! | IBM i 総合情報サイト

【第9回】RPG IVの歴史(part.4)それは生きている!



2015/8/31 ジョン・パリス、スーザン・ガントナー
これは元々IBM Systems Mediaで公刊されたiDevelopという(今は閉鎖されている)私たちのブログに投稿したものです。

前回のスリル満点(?)の物語は、「戦いにはまだもう1つの小競り合いがありました…」と気を持たせる書き方で終わりました。そして実際に小競り合いがあったのです。

第3話で述べたように、外部レビュー・チーム・メンバーの多くが、私たちがハイブリッド設計に切り替えたときに、私たちが「裏切った」と考えました。彼らが不満なのは分かっていましたが、彼らがどれ位不満なのか私たちは実にまったく理解していませんでした。正直なところ私は完全な時間的発生順序を覚えていません。そして書簡の多くはトロントとロチェスターの経営管理職への私的な手紙の形式を取っていました。私は、この出来事のもっと公的な側面の詳細がウェブ上で見つかることを期待しましたが、この件に関してウェイバックマシン(訳注:ウェブ上の情報アーカイブ)は私をがっかりさせました。ですから、単にこの出来事についての私自身の記憶を使わざるを得ません。

News3X/400マガジン及び他の雑誌からの多くの他の著名人の支持を得たレビュー・グループの一部のメンバーは、我々の決定を批判し、IBMに対してIBM自身のコンパイラー開発者でさえもフリーフォームが進むべき正しい道だと感じていると指摘する公開質問状を出しました。もちろん、私たちの決定の根拠に関する発言はすべて質問状から除外されていました。数千人ではないにせよ、数百人の幅広いRPGプログラマー達との我々の議論は、もし我々の決定を押し進めたら誰も新しいコンパイラーを使わないだろうという非常に現実的な恐怖感を私たちに残しました。この公開質問状はIBMに決定を再考するよう促しました。もちろん、この公開質問状は大混乱を引き起こし、私たちは管理職のレビュー地獄に逆戻りしました。

あのとき私たちは幸運でした。反ハイブリッド・グループのリーダーは、彼と他の人たちがユーザー・グループ会議や同様の行事で行っていた調査の結果を公開し始めました。その調査の結果は、「事実」を提示されればRPGプログラマーはフリーフォームを選択するという彼の主張を圧倒的に裏付けているかのように見えました。これは私たちの立場にとって悪いことに見えるかもしれませんが、自分が探している答えを得たいという自身の欲望の中で、問題の御仁は真面目に受け取るのが本当に困難なひどく偏った調査質問票を作成していました。「正しい」答えはすべて回答者のために詳しく説明されていました。ところで、もし質問の仕方によってどのように調査にバイアスをかけることが可能か、あるいは質問の順序によって実際にどのようにバイアスがかけられたことがあるかよくご存知でないなら、ピュー・リサーチ・センターによる優れた記事があります。

私たちの経営管理者はこの調査を見て、集められたデータがある程度の信頼性をもつには質問があまりにも偏っていると判断しました。私たちの選択の基礎を徹底的に質問攻めにし、数多くのお客様、ISVなどと問題について議論した後、彼らは計画通り進めるべきだと判断しました。私たちは安堵の溜息をつき、我々の新しい赤ん坊の誕生に向けた準備作業に戻りました。

V3R1の出荷予定を1994年11月に前倒しにしたため、その後の数か月は非常に忙しいものになりました。チームの他のメンバーと私は、ユーザー・グループ、ISV、ビジネス・パートナー、そして世界中のその他多くの人たちに説明するために頻繁に出張しました。それは、非常に忙しくかつウキウキする時間でした。そして私たちの選択が正しく、RPGプログラマーの大半が新しいRPGに興奮していることがすぐに明らかになりました。しかし、私たちは言語を前進させられるように新しいコンパイラーを作ったので、新しい機能を導入する一方でRPGプログラマー達に次に何が欲しいか尋ねてもいました。そのリストは膨大なものでした。

それで、一番多い要求は何だったでしょうか? 聞いたら驚くかもしれませんが、それはサブルーチンのパラメータでした。それは、最初のリリースの願い事リストからずっとリストに入っていたので、私たちにはニュースではありませんでしたが、支持率には驚きました。しかし、私たちはあなた方の次のような声を耳にしています - 「IBMはそのサポートを決して追加しなかった。どうして?」 その質問への答えは、この物語の次回をお待ちください。

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